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快晴95 目標の条件

2月 5th, 2018

いつもありがとうございます。

今回は私がずっと整理できずに悶々としていた「目標」について考えていきたいと思います。メンタルトレーニングを学んでいく中で「目標設定」「目標達成」という項目は重要な位置づけをされており成功するための方法論の中にも必ずといっていいほど挙げられているものです。「目標売上」「目標成績」「目標値」などあらゆる分野で扱われていて、長期、中期、そして短期目標に区切って設定してくのがスタンダードなパターンでしょう。

私も元々はサラリーマンで毎日数字に追われる営業職でしたからまさに「目標」生活を送っていた訳ですが実はその時期も今でも「目標」が大嫌い。「目標」をきっちりクリアーしてきた人間に見られることがありますが全然違います。自分でもどうしてここまで「目標」や「目標設定」というものに嫌悪感を抱いてしまうのかこの機会に考えてみました。すると出た答えは、これまで「目標設定」をしてほとんど達成した試しが無い、という自分でも驚きのものでした。

私の場合はどうせ立てるなら大きい「目標」をと思ってしまう傾向があるようで「目標」に対する結果はほぼ未達成。ですから「目標設定」をする度に挫折感に襲われてきたのです。だったら単純に「目標値」を身の丈に合ったものにすればいいじゃないか、という結論になりそうなものですがそれもつまらないと思ってしまう。そもそも「目標」とは一体何のために設定するものなのでしょう。

その答えはゴール(夢)に到達するために必要だから、というのが一般論ですが本当にそうでしょうか?本来「目標」には期限(いつまでに)と結果(数値・順位)という二つの基本条件があります。その二つを設定しなければ達成できたかどうかの判断ができないからそうする訳ですが私の場合これまでさんざんそれを試みては失敗するという経験を繰り返してきたのです。それでも社会人1年目の営業時代は数字を挙げて存在感を示したいという欲が強かったので結果的に同期でトップの成績を出して表彰されました。

「目標」(期限と結果)を示されるだけでがむしゃらに行動できるのならそれもいいと思いますし、そういう時期が特に若いうちはあってしかるべき気もします。ただ「目標」の基本条件(期限と結果)だけではモチベーションが持続しなくなってくる。実際私が新卒で入社した際同期の営業マンは40名程いましたが2年後には三分の一に激減していました。明らかに「目標」に潰された結果です。

潰れはしなかったものの「目標」嫌いになってしまった私ですが不思議なことにジュニア専門のテニススクールを自分の理念に沿って運営するという夢は叶えている。これは一体どういうことでしょう。

テニススクールを立ち上げて継続することができているのは「目標」というよりどうしてもそうしたいという強い思い(使命感)と、なりたい自分になりたい(自己実現)という欲求がエネルギーとなって達成できた気がする。ゴールへの想いが強ければそこまでの過程に置く「目標」は到達するための絶対条件ではないということです。

ただしアスリートが金メダルを目指す時にゴールから逆算して「目標地点」を見えるようにしなかったらまず達成は難しいように、大方の場合は「目標」が明確な方がペースも設定できてモチベーションが高めやすいという効果はあるでしょう。

より重要なのは、もし「目標」を設定するのならば基本条件(期日と結果)以外の要素にも目を向けることです。その別の要素というのが、

「目標達成」となりたい自分がつながっている→自己実現(向上心)

「目標達成」と人への貢献が重なっている→使命感、存在意義

「目標達成」と恩返しの想いが重なっている→感謝

これらの条件が揃うことで初めて一過性ではない安定したモチベーション(ワクワク感)が生まれるような気がします。

実業界でもアスリートの世界でも傍から見たら羨ましくなるような高い「目標」を達成している人がうつ病や薬物、自殺未遂で不幸な人生を送っています。「目標」という数字のみを人生のゴールと勘違いして突っ走ってきたために反動が出てしまったのでしょう。

人が「目標」に向かって一心不乱に突き進む姿は人々の感動を呼びます。そういった没頭するという経験は本人にとっても貴重な財産となるでしょう。ただしどこかのタイミングで「目標」における大切な条件を感じ取らないとエネルギー不足に陥ってしまう。アスリートが起こすバーンアウトもそれと無関係ではない気がします。

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