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快晴59 お前ほどの奴が!

3月 3rd, 2015

いつもありがとうございます。

こどもというのは柔軟なもので、テニスの試合で対戦するなどして何度か顔を合わすうちに私の知らないところであっという間に仲間になってつるんでいます。先日ワンデイの大会に出場していた息子の快(5年生)は数回対戦している1学年上の友達と会話をしていました。最近連敗を喫している相手ですが快のことをなぜかとても評価してくれています。「快君はサーブがいいね。足も速いし、ライジングショットがすごいよ。あれは中学生レベルだな。」などと裏表のない素直な感じで褒めてくれます。「でもメンタルが弱いね。ぼくはできるだけポーカーフェイスでやるようにしているけど快君はすぐ崩れてしまうからな。」と褒めるだけではなく課題まで指摘してくれました。一方的に悪い所ばかりを指摘されたとしたら反発していたかもしれませんが随分持ち上げられてから改善点を教えてもらったので快も悪い気はしなかったようです。

これまでテニスの試合で気持ちのコントロールができずにメンタルの弱さを露呈してきた息子ですから、私も妻も事あるごとにそこを直していかないとどうしようもないぞと諭してきましたが全くと言ってよいほど効果が上がりませんでした。それが家族でも学校の仲間でもない彼からの指摘を受けた翌日から明らかに試合での態度が変化してきたのです。思い通りにポイントが取れないと感情を取り乱していた快が初めて自らに「ドンマイ、ドンマイ」と声を掛け自分を抑えようとしはじめたのです。具体的にそうしなさいと私が指示していた訳ではなかったので少し驚きました。

私と妻があれだけ言っても聞き入れなかった息子がどうして彼の一言でこうまで変化したのでしょう。ひとつは親子という近すぎる存在だから逆に感情的になって受け入れづらかったことがあるのかもしれません。ただそれ以上に大きな要因は彼が快のテニスプレーヤーとしての能力を認め良さを見てくれた上で弱点を指摘してくれたということです。私や妻がお前はまだまだダメだという部分ばかりを強調して指摘してきた姿勢に対し彼は快を言ってみれば尊重してくれた訳です。そのことを感じ取ったからこそ息子はその子の助言を素直に聞き入れたのでしょう。

私が大変尊敬している安岡正篤先生の著書にあるエピソードが記載されています。安岡先生が知人の会社に招かれてそこの工場を案内されている最中、その経営者がいきなり従業員に歩み寄って「お前ほどの奴が!」と凄まじい剣幕で一喝したというのです。その従業員は何かミスをおかして大事なお客の前で大目玉をくらったのですからしゅんとしてしまうところですが逆に発奮したようなのです。なぜでしょうか。それは「お前ほどの奴が!」ということばに「俺はお前を見込んでいるんだぞ」という暗黙のメッセージが含まれているから。つまりその従業員は叱られながらも立てられたという訳です。その経営者のとっさの対応に先生も頭が下がったと述懐しています。

テニスを通してこどもたちと向き合う仕事を選んだ私は“褒める”“叱る”という行為、意味に関して随分思い悩んだ時期があります。未だに明確な答えは見つかっていませんがそんな時決まってこのエピソードを思い出すのです。

友達の一言によって変化のきざしが見え始めた息子。もしかしたらそのことばの効果は3日で消えてしまうかもしれませんが人間は誰しも自分を認め尊重してくれている相手のことばには耳を傾ける。そのことを改めて教えてもらいました。

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