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快晴52 まず自分

7月 4th, 2014

いつもありがとうございます。

先日行われたテニスフレンチオープンではナダル選手が前人未到の9回目となる優勝を成し遂げました。これでグランドスラム(4大大会)14度目のタイトルとなり男子歴代2位タイ記録(1位フェデラー17回・2位サンプラス14回)です。フェデラーファンの私としてはナダルに抜かれてほしくないので今回のウィンブルドンでもう一度フェデラーに優勝してもらい記録を18回まで伸ばしてほしいと期待しています。

さて今回のテーマは「まず自分」です。私がまだ小学生時分の話で今でも記憶に残っている出来事があります。クラスの生徒をいくつかのグループに分け、それぞれ区画の割り当てを決めて掃除を行いました。私のグループは皆気合が入っていてその割り当てられた区画を一気にきれいに掃除したのです。やることは済んだのでグループの仲間と遊んでいると先生がやってきて「何をしているのだ!」と注意されました。「もう済みましたから」と言うと、それならまだ終わってないグループを手伝うのが当然だろうとさらに強く叱りつけられたのです。叱られた時、なんで一所懸命早くきれいにした俺たちがだらだらやっている他のグループを手伝わなくてはならないのか、だったら一所懸命やるだけ馬鹿を見るのではないかと不条理を感じたことを覚えています。

私は現在生徒を指導する立場にいますからその時先生が他を手伝いなさいと言った気持ちはわかります。ですがやることを素早く果たしたことに対して「よくやった」と認めることもしないで思いやりや気遣いに欠けると評価したらこどもたちはどう感じるでしょうか。早く済ませるとまた別の仕事を課せられるから一所懸命にやるのはやめよう、と考える子が出てきても不思議ではありません。

理想は自分のやるべきことをしっかりやりつつさらに周りにも手を差し伸べられるような人間になることでしょう。そのことに異論はありませんが、まず自分のやるべきことを果たすことが最初。やるべきことを後回しにしている人に対して周りに配慮しなさいと言うのは順番が違います。そしてより大切なことはそれができた時に先生も親もまず認めてあげること。その認められた体験が基盤となって周りにも配慮できる人間が育っていくのではないでしょうか。自分のことばかりで人のことは全然考えていない、などという意見は一見正論のように聞こえますが、自分のやるべきことをしっかり素早く済ませることと自己中心の人間が育つこととは全く別ではないかと私は思うのです。

レッスンをしていても「あいつがちゃんとやってない、あいつの打ち方は変だ」などと他の生徒の批判ばかりに忙しくて自分の課題に向き合っていない生徒を見かけることがあります。そういう時私は「人のことはいいから自分のことをやりなさい」と注意をします。「ふざけている人はテニスが強くなるチャンスを自分でつぶしているのだからそんな人に引っ張られるのは損だぞ」と言うとさすがに自分に目を向けようとします。

かくいう我が家でもやるべきことを後回しにしては雷を落とされている懲りない息子がいます。そんな彼でも時々やるべきことをさっさと終わらせることがあるのですが、早く終わったことを知った親(私&妻)はだったらこれもやってしまいなさいとなってしまう。やってはいけないパターンです。「やればできるじゃない」とまず認めてあげねば。そして「早く済ませたのだから好きなことをしていいよ!」とでも言ってあげれば「もうちょっと勉強しようかな!」という具合になるのです、はずです、かもしれません。とにかく、「まず自分」ですね!

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