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快晴49 引き上げられる人間になれ

4月 18th, 2014

いつもありがとうございます。

今回のテーマは「引き上げられる人間になれ」です。歴史に名を残すような偉人にも様々なタイプがあります。幼少期から非凡な才能を発揮し神童と呼ばれたタイプ。幼少期には愚鈍だと見られていたのに徐々に頭角を現してきたタイプなど。
それぞれタイプは違えどもそこにはある共通点があるようです。それは本人の努力や才能だけで一流と評されるまでに至った訳ではなく、その人を引き上げるために労を惜しまず力を尽くした陰の存在があったということです。
 
ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝し一躍有名になった盲目のピアニスト辻井伸行さん。彼のお母さん逸子さんの著書と彼の恩師川上先生の著書を読みました。
彼は生まれつき目が見えないのですがその分幼少期から耳がとても敏感だったようです。音楽を聞かせていないと不機嫌だったので周りには常に音楽が流れていました。2歳でおもちゃのピアノを上手に弾いて周りを驚かしたというのですからまさしく天才でしょう。ただしその後、人との縁に恵まれなかったとしたら彼の才能は現在のように大きく花開くことはなかったに違いありません。
 
生まれて間もなく赤ちゃんが障害児とわかりピアノという希望に出会うまでの1年ほど逸子さんは失望のあまり自殺まで考えるほど思い悩んでいたのです。いろいろな本を読んだり人の助言に耳を傾けたりしてなんとか突破口を探っていました。そんな時ある本を読んで感銘を受けた逸子さんは著者と全く面識がなかったにもかかわらずメッセージをカセットテープに吹き込んで直接送りました。すると著者の方から返事があってそこから交際が始まりいろいろとアドバイスや励ましをもらえるまでの間柄になったのです。
 
後に伸行さんの恩師となる川上先生ともその知り合った方からの紹介の紹介という形で出会います。川上先生は初めて伸行くんと会いピアノ演奏を聴いた時から彼の才能と人柄にほれ込み、その後12年間心血を注いで育て上げました。お母さんが良縁を招きよせ、川上先生が尽力したからこそ伸行さんは才能を開花させることができたのです。
 
最近改めて読み直した勝海舟、西郷隆盛は誰もが知る日本の偉人ですが二人とももともとは身分が低く、日の目の当たる環境にはいませんでした。ところが徐々に存在感を発揮して最終的には薩摩藩、徳川幕府の重役にのし上がったのです。
 
勝は海軍に関する意見書が時の老中阿部正弘の目に止まり一気に引き立てられました。15代将軍徳川慶喜とはウマが合わなかったようですが薩長同盟と渡り合えるのは勝しかいないと慶喜は勝に幕府の全権を託すのです。

西郷の場合は薩摩藩のお殿様である島津斉彬に見出されて活躍し始めましたが、斉彬が亡くなりその後実権を握った久光とは意見が対立して島流しにされたり冷遇されたりした時期もありました。それでもこの難局を乗り切れるリーダーは彼しかいないと切腹覚悟で久光に西郷を引き立てるよう意見した者があったのです。西郷嫌いの久光も側近たちの決死の覚悟に押されて折れるしかなかったようです。

勝も西郷も自分の力だけでのし上がったというより誰かに引き上げられたといった方が正確ではないでしょうか。西郷の場合は引き上げられただけではなく下からも横からも押し上げられたようですからよっぽど信頼されていたのでしょう。
 
こどもたちにも「あいつをなんとかして引き上げてやりたい」と心ある人から目をかけてもらえるような真摯な生き方をしてもらいたいものです。

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