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快晴45 灯台下暗し

4月 18th, 2014

いつもありがとうございます。

今回のテーマは「灯台下暗し」。近すぎる部分はよく見えていない、よくわかっていないという意味です。2年ほど前の“快晴”でも「わが子の良さを見ていますか」というテーマで書きましたがその第2弾です。

私には4年生の一人息子がいます。一人っ子というだけでもその子ばかりに気が行きがちですが私の場合はさらにテニスコーチ(トレーニングコーチ)としてかなりの時間を息子と過ごしています。ある意味特殊な親子関係かもしれません。それだけ一緒に過ごしているのだから誰よりも息子のことを理解していて当然なのですがどうもそうではないようです。

職業柄というのもおかしいですが私は相手のできていない部分、足りない所ばかりに目が行きがちです。自分の息子となるとなおさらで、あそこができていない、そこが足りないとダメ出しばかりをしてしまいます。近すぎるがゆえマイナス面ばかりに目が行ってしまい他の側面を見失っている可能性がおおいにありそうです。

先日、担任の先生から快君(息子)が体調を崩したから迎えにきてほしいという連絡が入ったので私が学校まで迎えに行きました。彼を引き取って校舎を出ようとすると別のクラスの生徒が「快くん、バイバーイ!」と親しげに元気よく声をかけてくれました。初めて見る子だったので「仲が良さそうだったね」と後で息子に聞いてみると「あの子はつくし組(障害のあるこどものクラス)の子だよ。人前ではあまり話をしないし他の人とはほとんど話をしないんだけれど俺とはよく話をしてくれるんだ。まえにあの子がみんなの前でスピーチする番になったんだけど何も話せずに終わってしまったから後から何が話したかったの?と聞いてみるとこういうことが話したかったんだと教えてくれたよ。」と話してくれました。

大人や上級生にため口でずかずか入っていく礼儀知らずの彼ですが誰とでも壁を作らず分け隔てなく自然に接することができるという長所を持っているようです。だからあのつくし組の子も心を開いて話をしてくれたのでしょう。

今回は偶然その出来事に遭遇して息子の意外な側面に気が付くことができました。ですがもしこのことがなかったらずっと彼の長所を知らずにいたかもしれません。私が妻にその話をすると、彼は自分からそういった話をすることがないので妻も初耳だったようです。

こどもに最も近い両親がこの有様ですからうかつと言われても仕方ありません。まだ学校の先生や祖父母など両親以外の人がその子の良さを認めてくれていれば違ってくるのかもしれませんが誰も気が付いてあげなかったとしたらその長所は本人も気が付かないままいつしかしぼんでしまう恐れがあります。そうなってしまっては本当に残念なことです。

皆様の家庭では我が家のようにおそまつではないでしょうがもしかするとこどもを一面的に見てしまっていないとも限りません。学校の成績、テストの得点、スポーツの勝敗といった目標を達成するための努力はおおいにしてもらいたいと思いますが数値ばかりに目が行ってしまうと、その陰に隠れた思いやり、忍耐力、根気、向上心といったより大切な徳性を見逃してしまう恐れがありますから。

同じ失敗を繰り返しては「本当にどうしようもないな、お前は!」と叱りつけられている我がおバカ息子にも「灯台下暗し」でいいところが隠れている。目くじらを立てながらも心の奥底ではしっかりと良さを認めたうえで愛の鞭を振るいたいと思います。

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