トップページ > 快晴14 表からでは見えないけれど

快晴14 表からでは見えないけれど

5月 3rd, 2011

いつもありがとうございます。

4月は強風の日が多く桜の花はゆっくり鑑賞する間もなくあっという間に散ってしまった感があります。日々あわただしく過ぎていきますが花をめでる心の余裕は残しておきたいものです。

さて、今回のテーマは「表からでは見えないけれど」です。表ということばは、“表面的な見方”とか“表面をとりつくろう”など一面的といった意味で使われることがあります。私は見えるものだけに振り回されないでいろいろな角度からものごとを捉えているわ!という冷静で柔軟な方もいらっしゃるかもしれませんが人間はどうも一面的にものごとを捉えてしまう傾向が強いようです。

我が家のよくある風景です。

~息子(2年生)が大好きなテレビを見ながらのろのろ夕飯を食べるの巻~

妻:「いつまで食べているのよ!ほら、ぜんぜん野菜食べてないじゃない!味噌汁熱いからこぼさないように気をつけなさいよ!」

息子:「うん、わかってる」

ガシャ~ン!

息子:「熱っ、こぼしちゃった!」

妻:「何やってるのよ、だから言ったでしょ、まったくもー、自分でふきなさい!」

このやりとりで息子のだらしなさと妻の発狂ぶりが想像いただけると思います。表面的に見ると妻が怒るのは無理のないことのように思えますが、本当に息子がだらしないだけがトラブルの原因でしょうか?少し見方を変えると別の面がみえてきます。テレビを見ながら食べることを許可して(習慣化させて)しまったことです。夢中になることがわかっているテレビを見せながらはやく食べなさいと要求するのはいかがなものでしょう。こぼしたのは息子ですがその原因をつくったのは親の配慮不足ではないでしょうか。

また、こんな時皆さまならどう感じますか?

ある駐車スペースに車を駐車しようとした際、横の車がひどくこちらに寄っていて駐車しづらい。何度も切り返して駐車に苦戦していると横のドライバーがちょうど戻ってきたがすみませんとも言わず車に乗り込んでいった。

あいさつ無しとはなんて嫌な人間だろうと腹をたて睨みつけてもおかしくありません。でも、実はその人も駐車しようとした時、横の車がギリギリまで寄っていたのでやむを得ず偏った止め方しかできなかったという事情があったとしたらどうでしょう。俺だって好きでこんな止め方したんじゃねーよ、と睨まれた相手もやりきれない思いでいるかもしれません。

結果やその場だけを見て判断するのと原因や見えない部分にまで意識を払って判断するのとでは結論が正反対になることさえあります。

一人の人間をつかまえてみても、あいつは本当にいいやつだ、あいつはどうしようもないやつだ、と評価が正反対に分かれるくらいですから。

人やものごとを全面的に見て判断するのはそう簡単なことではありません。ふつうは見えるものに瞬時に反応してしまうものです。ただ、“ちょっと待てよ”と一瞬の間をつくることで一面的思考に陥っていないかをチェックすることはできるかもしれません。もちろんテニスの技術と一緒で一朝一夕で身に付くという訳にはいかないでしょうけど。

Comments are closed.

トップページ > 快晴14 表からでは見えないけれど